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2011年6月28日(火)の日記

スパイラル・ペガシオン白黒

 崖の上のポニョのDVDを借りてきて観ました。

 崖の上のポニョのDVDを 借りてきて……観ました……っ


 実はあのシーンはこういう神話の引用だったんじゃないか、とか、あの船にはこういう隠された意味があるんじゃないか、みたいな深い考察は、かなり前にいろんな人がされていたようなので、私は自分が思っただけの浅い浅い感想を書きます。映画見てない人は読まないようにして下さいね。

 特に印象に残ったのは、映画の最初の方のシーンでした。久しぶりに漁から帰ってくる父を待つ主人公の少年・宗介の家に、急遽帰れなくなったと父からの電話が入り、それを受けた宗介の母・リサが怒って宗介に当り散らし、その挙句に酒をあおりはじめるというシーンがあったのですが、私はもうこのシーンが怖くて怖くて、映画が始まって数分にもかかわらず、胃を押さえて怯えきっておったのでした。
 ところが鑑賞後、そのシーンについて「リサさんたら、すねちゃって可愛かったネ♪」という横からの感想を聞き、私はひどく困惑することとなるのです。
 機嫌を損ねたからって、大声で怒鳴ったり、わざと大きな音を立てるというのは、近くで聞いている子供に対する「お前も私の思いどおりにならなかったらこうだかんなっ!!」という恐喝、もしくはDVとも言えるのではないでしょうか? それは可愛いのかい? 可愛い奥さんは、勤務中の夫の船に向かって、モールス信号で呪詛を吐いたりするのかい? もう旦那さん帰ってこなくなっちゃいますよ。玄関前で4時間うろうろして、やっぱり踵を返してコンビニに立ち読みに行くレベルですよ。いうたら旦那さん、急遽面舵切って、アラスカにサケマス漁に行っちゃいますよ。そのまま国を離れている最中に、ポニョハザードで家族が全員行方不明となり、「あの時、俺が家に帰ってさえいれば……」と悔やみながら、男一匹生きていくことになるのですよ。あら旦那さんたら、背中に影があってかっこいいネ♪
 それでも旦那さんが帰ってくるのは、きっと子供がいるからなのでしょう。子はカスガイとはよく言ったもんだ。だから海に入れたら沈んでいったんだね。

 主人公の宗介君も、泣きもせず、ブンむくれて返事もしねぇ母親をなぐさめるくらい良く出来すぎた子だったからよかったようなものの、あれが普通の子供で、父が帰らない寂しさと、母親の怒鳴り声の恐怖から泣き出していたら、
 「うえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
 「うるさいっ!! 泣くなっ!!」
 「びゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」」
 「いつまで泣いてるんだっ!! うるさいうるさいうるさいっ!!」
 「ぴぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 「うるさいって(バチーン)言ってるのが(バチーン)わからないのかっ(バチーン)!!」
 「!?」
 「はぁっ…はぁっ…はぁっ…泣きやんだか」
 「う、う、 う……うぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 「てめぇ泣きたいのはこっちだよ!! 私の方がお前より辛いんだっ!! バッシャーン(ほうれん草を茹でていた熱湯を実の息子にぶっかける音)!!」
 「しぎゃぴぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 そして次のシーンで、海中を漂う宗介君と、それに群がるポニョの妹達。静かな夜の海。という話になるところだったんですよ。怖い!! リサ怖い!!
 宗介君も、手負いのグリズリーにも等しい「ブンむくれた母」の頭を撫でて慰めたり、船員の見ている前で母からの罵詈雑言(モールス信号)を受けて落ち込む父を、ちゃんとモースル信号でフォローするあたり、もうそういうのに慣れちゃってるんでしょうね。不憫でならない。
 しかし、いろんな感想を見ても、えてしてリサの人気が高いところを見ると、私か、世界か、どちらかの解釈が間違っているんでしょう。これはこれは多数決だと絶対負けちゃうよ。しかし私は、世の中の子供に当り散らすお母さん達が、自分のことを「私ったらスネちゃって可愛い。」とか思ってやっていたのかもしれないという事実が何より怖かったのです。中村主水さんに、ムコ殿に謝って欲しい。あぁ怖い怖い。


 その後日、秒速5センチメートルという映画を見ました。別にアニメばっかり見てるわけじゃないんですよ? たまたまアニメの感想が多いだけですからね?

 女性から
 「こんな気持ち悪いアニメ映画は見たことない。いや、映画全体の中でも、こんな気持ち悪いものはない。
  でも男性には人気らしいから、一度見てみて。私のいないところで。そして感想を聞かせて。」
 という、最悪の勧められ方をした映画だったのですが、そんな勧められ方とは裏腹に、綺麗な映像と、切ないストーリーが大変心に染みる映画でした。寒い地方の出身者だと、雪の降る夜の駅舎のシーンだけでもう心に響くものがあるのです。それと同時に、何が気持ち悪いと評価されているのかも透かすようによく理解できました。

 まず、劇中に出てくる人が、全く声を荒らげないのです。
 スクーターに乗って走る妹に、車に乗った姉が併走しながら話しかけるシーンがあるのですが、普通に考えればメットの防音性や風の音で声が聞こえず、大声での会話になりそうな場面なのに、お互い小声でもしょもしょと会話しています。また、付き合っている彼女から別れのメールがくるシーンもあったのですが、そういうことは普通、ちょっと話があるなどと喫茶店に呼び出し、周りにオーディエンスがたくさんいる状態から男が逃げられないようにして、女が泣いたら男が悪い、女が殴っても男が悪い、というルールが通用する環境をがっちりと整えてから、思うさま泣いたり叫んだり怒鳴ったりしそうなもんですが(キャサリンのやり過ぎ)、お別れもメール1通で終わり、というのは、主人公が逃げ放題ではないですか。そういうところも含めて、男の人に甘々、激甘です。

 また、作中に情けない描写がほぼなくて、全体的にきれいな思い出になっている、というのも大きなポイントでした。
 もちろん、作品として全く必要ないから描いていないのだと思いますが、小学校から社会人までの間を描いたら、誰でも情けないことの一つや二つあるじゃないですか。えげつない下ネタを話す上司に苦笑いしたり、みんなで話している最中に突然下品な話をしだす友人に「今そういう空気じゃないんだけどなぁ…」と思いながら、まわりと目配せしあったり、下駄箱にチョコが入ってると思ったら紙粘土だったりと、あるじゃないですか、そういう情けないことが。あとガードレールを飛び越えようとしてこけたり。しかし、そういう人生の情けない部分をバッサリと切り捨てて描かれているため、もし自分が主人公だった場合に、友人に「俺、昔こんなことがあってさ……」と、愚痴にみせかけた自慢をしやすい内容になっているのです。これは素晴らしい! 大盛りだけが男性向けサービスではない! 友人は冷かしながらも頷いて聞いてくれることでしょう。お酒もすすむことでしょう。しかし、この自慢は男性の友人には聞いてもらえても、その場に女性がいたなら「それはアンタが悪い。まわりの女の子が可哀想。あぁ気持ち悪い。」と、一言でバッサリ半生を台無しにされてしまう危険性を孕んでいるので、男性向けの映画、というよりも、女性が来たら隠せ隠せ! というレベルの映画であったように思います。

 ハッピーエンドにはならないストーリーも、「今でも少年の頃の純粋な心を残した一途な俺。そして想いを遂げられない可哀想な僕。」という、男性のナルシズムにどっぷりと浸るのに大変向いています。この男性を思い切り甘やかしてくれる感じが、男性には心地よく、女性にとって気持ち悪い評価の原因となっているのだと感じました。一般的に女性が好むと言われている、くっついたり離れたり、泣いたり叫んだり刺したりする恋愛ドラマの逆ベクトルにあるんですね。
 ポニョの、リサが荒れ狂うシーンの評価が別れた原因も、少しわかった気がします。

 勧めてもらう段階で、決して褒めることができない呪いをかけられていたので、ナルシズムの沼に浸ることなく、翌日も普通に会社に出勤することができたのですが、無防備に浸っていたら自分も危なかったかもしれません。こういう方向性での甘やかしを最近見なかっただけに、この甘やかしっぷりはすごい。こういう男性向けサービスを、旅館などもぜひ取り入れていくべき。
 まず第一に、女将が声を荒らげない。
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[ 2011/06/28 00:00 ] X | TB(0) | CM(0)

2011年6月23日(木)の日記

ソードマン

 これは大きい 入るか 入るか

 9回裏、3対3。真芯で捉えた心地よいバットの音が余韻となってまだ残る青い空へと、白球が吸い込まれていく。ランナー無しという希望のない状態から、まさかの一打に沸き立つスタンド。手応え的には少々弱めだったから、ホームランではない可能性が高いな。そう感じた背番号0008番は、走る足を少し早めて1塁を蹴った。案の定、ボールはスタンドに届かず、フェンスギリギリで外野に落ちる。それを確認して、2塁を蹴った足はすでに全速力だ。バックスクリーンの上で、夏の強い日差しを受けてチカと何かが煌めく。センターが捕球に手間取り、送球がもたついていることを確認したコーチは、腕をぐるぐると回して背番号0008番を走らせた。3塁を蹴る。ホームを踏んだらサヨナラだ。この一打で、優勝を決めるんだ。0008番の視界はギュッと狭まり、ただホームベースだけを捉えて風のように走った。センターが本塁に矢のような送球。間に合うと信じて、キャッチャーはミットを構える。左からは一陣の風。正面からはレーザービーム。0008番が、両手を揃えて跳んだ。

 球場中が息を飲んだ瞬間、ピッチャーマウンドのあたりに1個の爆弾が落ちてきて、球場は跡形もなく吹き飛んだ。



 球場爆撃事件の日から2ヶ月経った冬の日、背番号0008番は病院のベッドの上で目を覚ました。医者によれば、0008番の怪我はひどく、生きているのも不思議なほどの状態であり、奇跡的に目を覚ますことができたのも、何か強い意思に突き動かされてのことだろう、とのことだった。しかし、目を覚ました翌日に、0008番は医師の忠告に耳を貸さず、全身のチューブを引きちぎって病院を飛び出す。それから半年、0008番はホームベースを求めて、事件当日野球をしていた球場跡地のクレーターを手で掘り続けた。しかし、いつまでもホームベースは見つからなかった。クレーターの直径が倍に、深さが1,5倍になったころ、0008番は街を離れ、全国の野球場にホームベースを探しに旅に出ることにした。

 全国の野球場があった場所は、どこも例外なく大きなクレーターになっていた。
 地図と照らし合わせても位置に間違いはない。しかし、周辺の住民は皆、ここは昔からこうだったと言って引かない。0008番はそれでも諦めることなく、日本の北端から南端まで、くまなく歩いて球場を探したが、奮闘むなしく、大きなドームから市民球場、川原の野球公園から小学校のグランドに至るまで、球場とホームベースがあったであろう場所は、大地が黒々と大きな口を開けているだけだった。住民は口を揃えていう。ここは昔から穴だった、と。

 事件から2年。南端についてしまった0008番は、とうとう次の手が思いつかなくなってしまった。
 途方に暮れて北を向く。ここからは地道に1軒1軒家を回って、ホームベースは何処にありますか、と、尋ねて回ることにしよう。万策尽きた者の最後の手段である。
 しかしどの人も、ホームベースについて尋ねるなり怪訝そうな顔をして、そんなものは知らないと答える。それでも0008番は諦めずに、一軒一軒、戸を叩いて回った。
 ホームを踏んだらサヨナラだ。俺は優勝を決めるんだ。

 事件から3年目。
 背番号0008番は、ホームベースを求めて歩き続けていた。ホームを踏んだらサヨナラだ。俺は優勝を決めるんだ。心に響くはすでにその声のみとなり、ユニフォームはボロボロ、スパイクが全て擦り切れてなお、ホームベースを探す足は止まらない。

 そして事件から3年と6ヵ月経ったある日、0008番はとうとうホームベースを知る者に出会った。
 ホームベースを知りませんか。土色のやつれた顔で0008番がそう尋ねるなり、家主の老人は声を潜めた。ホームベース? あんたホームベースを踏みに来たのかい。……婆さん、婆さん、踏みにいらっしゃったよ。家の奥に声をかけると、老人に背格好の似た老婆が現れ、0008番の手を引いて廊下の奥へと連れてく。長い廊下は殆ど光が入らず、夏だというのに洞窟のように涼しく、洞窟のように暗い。その廊下が突き当たった壁に、大きな南京錠のついた扉が見えた。

 この中に、ホームベースがありますわい。おそらく世界で最後のホームベースでしょう。

 ガチャリ、と重い音がして、南京錠が開く。
 ホームを踏んだらサヨナラだ。
 1疊ほどの狭い空間に、真っ白なホームベースが置いてある。
 俺が優勝を決めるんだ。


 しかし、ホームベースの上には、キャッチャーマスクをかぶった1体の地蔵様の姿が。
 穏やかに微笑むその御手には、しっかりと白球が握られていた。



 老人の手を振りほどき、今度は3塁に戻るため走り出した0008番の行方を、今は誰も知らない。
[ 2011/06/23 00:00 ] 無印 | TB(0) | CM(0)

2011年6月12日(土)の日記

墓場のブレイドマン

 以前書いていた真っ二つ考察関連のお話。

 前に書いていたあらすじをまとめると、
 「人間が真っ二つにされて、それでもなお元気に生きていたら、己の意識はどちらに残るんだろうか。首と胴で分けられたなら、首の方に脳があるので、首の方に意識が残る気がする。じゃあ左右で分けられたらどうなるのか?」
 という話だったんですが、人間の右脳・左脳から伸びている神経は、体の中でクロスして、右脳は左半身を動かし、左脳は右半身を動かすような作りになっているそうではないですか。これでは真っ二つにする際、どうやっても神経が分断されてしまいます。ということは、もしかしてこれって、「真っ二つにしたら意識が2つになっちゃいました!!」という、致命的な世界の矛盾を回避するために、真っ二つにしたらちゃんと意識が途切れるように工夫して作られた結果の形なんじゃないでしょうか。ストーリー的にまだ行けないダンジョンに入ろうとすると、不思議な力で押し返されたりするような。誰が作ったかしらんが、まったくうまいことやりよる。きっと作っている最中にこの不具合に気づいた人がいて、徹夜で修正したに違いない。神が。

 しかし、人間には尻尾がないから尻尾を動かす感覚が想像できないのと同じで、現状では意識が1つしかないから矛盾と感じるだけで、実際真っ二つにされてみれば、意外となんとかなっちゃうものなのかも知れませんね。自分の意識が右になるか左になるかは、自分が自分として生まれてきたことと同じで偶然のたまたまというやつ。
 息子が真っ二つになったけど、どちらもピンピンしているので、一人息子が双子になったような感じ。大丈夫? と聞けば、二人そろって「「大丈夫!!」」とサラウンドで答えます。右の息子は右脳を使うので芸術系の音楽大学へ。左の息子は左脳を使うのでIT系の専門学校に通わせたところ、家に帰ってきて一つに合体した息子たちは、部屋にこもってキーボードばかり叩くようになりました。
 親がほとほと困り果てていたそんなある日のこと。息子たちが友達を家に連れてきました。その友人とは縦3枚おろしにされた3つ子の男の子で、息子と同い年ですがすでに就職しており、バスの運転手としてブレーキ、アクセル、クラッチを上手に分担して踏み分けているとのこと。若いのに偉いわねぇ、と母側が褒めたところ、いえいえとんでもない。私達なんて仕事もまだまだミスばっかりで、一人じゃ何にもできないんです、特に真ん中の奴は飯を食うばかりで何もできない。早く息子さんのような半人前になりとうございます。と。

 それを聞いた母側、
 あらあら、二人とも横顔だけは一人前よ。


 半人息子というお噺でござい 本題どこいった 待て 待て 逃げるな 待て
[ 2011/06/12 00:00 ] 無印 | TB(0) | CM(0)
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Author:ナポ
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